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大分地方裁判所中津支部 昭和44年(ワ)163号 判決

原告

柏木茂昌

ほか二名

被告

倉田洋

ほか一名

主文

被告らは各自原告中西サカエ、同村田ライ、同山本マキヨに対し各金四三三、三三三円三三銭およびこれに対する昭和四三年一二月二一日以降右完済まで年五分の金員を支払え

原告柏木茂昌の被告らに対する請求および原告中西、同村田、同山本の被告らに対するその余の請求は棄却する

訴訟費用は原告中西、同村田、同山本に生じた費用は被告らの負担とし、原告柏木と被告らとの間においては原告柏木の負担とするこの判決第一、三項はかりに執行することができる

事実

一、当事者の求める判決

(一)  原告ら

被告らは各自原告柏木に対し金三、一五〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和四四年一月一日以降右完済まで年五分の金員、その余の原告らに対し各金九〇八、〇四〇円およびこれらに対する昭和四三年一二月二一日以降右完済まで年五分の各金員を支払え、

との判決、および仮執行宣言申立

(二)  被告ら

原告らの請求を棄却する、

との判決

二、当事者の主張

(一)  原告ら

「請求原因」

(1)  昭和四三年一二月二〇日午前六時一〇分頃被告倉田運転の大型貨物自動車(本件自動車と略称)は中津市栄町一丁目国道一〇号線交差点において訴外柏木シヱに衝突し訴外柏木はこれにより受けた頭蓋内出血により即死した。

(2)  右事故は被告倉田の過失(時速五〇粁の制限をこえて時速七〇粁で進行)により発生したものである。

(3)  被告会社は本件自動車を自己のために運行の用に供するものであり右事故はその運行により生じたものである。

(4)  よつて被告倉田は民法七〇九条により、被告会社は自賠法三条本文により原告らの蒙つた損害を各自賠償する義務がある。

(5)  原告柏木は訴外柏木シヱの夫訴外亡柏木秀一郎の養子であり幼時より訴外柏木シヱの事実上の養子として養育されてきたものであり養子に準ずる者として本件事故により蒙つた次記損害を被告らは賠償する義務がある。

(6)  慰謝料 二、五〇〇、〇〇〇円

(7)  葬式料 三〇〇、〇〇〇円

(8)  原告柏木は歯科医であるが本件事故のため事故発生日より同年末までの間休業を余儀なくされそのため得べかりし収益五〇〇、〇〇〇円を失いこれと同額の損害を蒙つた。

(9)  訴外柏木シヱが蒙つた損害は次記のとおりである。

(10)  訴外柏木シヱは死亡当時六七年九月の女性で家事に従事していたがその就労可能年数は五・三年であり家事労働による収益(食費、生活費を控除)は一日五〇〇円、一年一八〇、〇〇〇円、年五分の割合による中間利息控除のために用いられるホフマン式係数は期間五・三年の場合は五・一三四であるから逸失利益の額は九二四、一二〇円でありこれと同額の損害を蒙つた。

(11)  慰謝料 三、〇〇〇、〇〇〇円

(12)  原告中西、同村田、同山本は訴外柏木シヱの妹であり、訴外柏木を法定相続分に従い相続したものである。

(13)  よつて原告柏木は前記(6)の損害二、五〇〇、〇〇〇円、(7)の損害三〇〇、〇〇〇円のうち一五〇、〇〇〇円、(8)の損害五〇〇、〇〇〇円合計三、一五〇、〇〇〇円およびこれに対する不法行為後である昭和四四年一月一日以降の民法所定年五分の遅延損害金、その余の原告らは(10)の損害九二四、一二〇円から支払済自賠保険金七〇〇、〇〇〇円を控除した残金二二四、一二〇円、(11)の損害三、〇〇〇、〇〇〇円から支払済自賠保険金五〇〇、〇〇〇円を控除した残金二、五〇〇、〇〇〇円合計二、七二四、一二〇円の各三分の一に当る各金九〇八、〇四〇円およびこれに対する不法行為後である昭和四三年一二月二一日以降の民法所定年五分の遅延損害金の支払を求める。

(二)  被告ら

「請求原因に対する認否」

その(1)、(3)、(12)は認める。

その(5)、(6)、(7)、(8)、(10)、(11)は否認する。

「過失相殺の主張」

訴外柏木シヱは横断歩行が禁止されている場所を横断中本件事故に遭つたものであるから同人の過失は斟酌されるべきである。

三、証拠〔略〕

理由

一、請求原因(1)は当事者間に争いがない。

二、請求原因(2)は被告倉田が明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。

三、請求原因(3)は当事者間に争いがない。

四、請求原因(5)について検討する。

〔証拠略〕によると、大正一三年生である原告柏木は二、三才の頃から事実上の夫婦であつたが婚姻届出をなしていなかつた訴外柏木秀一郎、柏木シヱ(当時中西シヱ)両名の養育を受け、昭和六年三月一九日原告柏木は訴外柏木秀一郎の養子として正式に届出をなし、その後である昭和七年二月二二日訴外柏木秀一郎は右シヱと婚姻届をなしたこと、その後も原告柏木は成年近くまで右シヱを実母と思い養育を受けたこと、シヱが母でないことが判つてからも母子同様の感情で同居生活を営んでいたこと、しかし本件事故によつてシヱが死亡するまでの間に原告柏木はシヱとの養子縁組届出をなしたことはないこと、がそれぞれ認められる。

ある人が不法行為により死亡した場合、不法行為者に対し当該死亡者以外の者が蒙つた損害をいかなる範囲において賠償させるべきかは加害者側の立場、利益、被害者間における現実の救済可能性などをも考慮して決定すべき困難な問題であるが、自然的な因果関係論を前提とする限りその範囲は無限にひろがりうるものであるからこれをみだりに拡大すべきでないことは民法七一一条が生命侵害の場合に限り、一定の近親者に限つて損害賠償請求権を認めることからしても明らかである。

原告柏木と訴外柏木シヱの事実上の関係が右認定のとおりである以上、原告柏木がシヱの死亡により多大の悲哀、精神的苦痛を受けまた出費などを余儀なくされたであろうことは想像できるが法律上は原告柏木とシヱは何等の親族関係にないこと右認定のとおりである。

法律上は婚姻関係になくともこれに準ずる所謂、内縁関係にある者は夫婦と同じ法的保護を受けうることがあることからすれば原告柏木も養子に準ずる関係にあつた者として養子が受けうると同じ法的保護を受けてもよいとの考えも不可能ではないが夫婦関係と親子関係には同一には論じられない多くの面があるから内縁の理論をここに用いることも妥当ではない。

このように検討すれば原告柏木は現実には本件交通事故により何らかの損害を蒙つたとしてもその填補を被告らに対し求めうる法的地位にはないといわざるをえない。

よつて原告柏木の被告らに対する本訴請求は請求原因(6)以下を検討するまでもなく失当であるからこれを棄却する。

五、請求原因(10)について検討する。

〔証拠略〕によると訴外柏木シヱは原告柏木方において炊事などの家事に従事していたことが認められるが〔証拠略〕によればシヱは死亡当時すでに満六七年九月の高齢に達していたこと、〔証拠略〕によればシヱ存命中から家事に従事するため女中が雇われていたことがあることがそれぞれ認められ、これよりすればシヱが有していた家事労働力が金額に評価可能程度の経済的価値をもつていたとみるのはいささか困難である。従つて請求原因(10)の主張は失当である。

六、訴外柏木シヱが本件交通事故により受けた精神的苦痛を金銭に評価すると原告ら主張のように金三、〇〇〇、〇〇〇円が相当である。

七、請求原因(12)は当事者間に争いない。

八、過失相殺の主張について検討する。

訴外柏木シヱが死亡当時満六七年九月の女性であつたこと前記のとおりであり、甲第四、七、八、九、一二、一六号証によれば本件事故が発生したのは早朝(六時一〇分頃)で現場附近は暗かつたが被告倉田は制限を二〇粁超過する時速七〇粁の高速で交差点である現場附近を進行したこと、右シヱは横断禁止指定がなされていた道路を横断中本件事故に遭つたことが認められ、これらを総合すれば右シヱの過失割合は四、被告倉田の過失割合は六とみるのが相当である。

九、そうすると訴外柏木シヱが取得した損害賠償請求権は前記慰謝料三、〇〇〇、〇〇〇円の六割すなわち一、八〇〇、〇〇〇円となるから原告中西、同村田、同山本の本訴請求はこれから支払済自賠保険金五〇〇、〇〇〇円を控除した残金一、三〇〇、〇〇〇円の三分の一づつ、すなわち各金四三三、三三三円三三銭およびこれに対する不法行為の翌日である昭和四三年一二月二一日以降年五分の民法所定遅延損害金の範囲においては理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却する。

一〇、訴訟費用負担につき民訴法八九条、九二条但書、九三条本文、仮執行宣言につき同法一九六条一項各適用。

(裁判官 上杉晴一郎)

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